平成の桃源郷「おがわ作小屋村」オープン

おがわ作小屋村のある小川地区は、かつて菊池公が居住した小川城があったところで、村内でも田畑が多く存在し、最も栄えていた地区でもあります。

平成の桃源郷「おがわ作小屋村」オープン
平成21年10月5日
総務企画課長 黒木 義光

おがわ作小屋村のある小川地区は、かつて菊池公が居住した小川城があったところで、村内でも田畑が多く存在し、最も栄えていた地区でもあります。

 平成の桃源郷「おがわ作小屋村」のある西米良村小川地区へは、国道219号を西都市より約35キロ熊本方面へ行ったところにある越野尾地区から右折し、さらに8キロ程入っていくことになります。
『作小屋』とは、第17代領主であった菊池則忠公が、領地のすべてを均等に領民に分け与えたことから、領民は自分の土地を持つことになり、水利、日当たりなど、田畑に適した場所を求め開墾を始めました。そして、そこに休憩用の小屋を造りました、この休憩小屋が後に作小屋となりました。
当時は、車道も車もあるわけではなく、田畑が本屋から遠距離にある為、この作小屋に宿泊して農作業をするようになり、開墾が進むにつれ生活の根拠となったと言われています。
作小屋には、いろんな形態があり、農繁期にはそこに移住し、そこで生活しながら農作業をして、子供が大きくなり、嫁を迎えると、親は隠居して作小屋に移り住むという事もあったとのことです。
現在、都市部には就業や教育等の機会が豊富で、人口の殆どが都市部に住んでいます。このように都市部にすむ人々は、休日には自然等を求め遠方(山間地)まで出かけ、自然を味わっている状態です。
このような処に所有している別荘は、本村の作小屋と似ており、老後に自然を求め移り住みたいと思っている人にとっては、隠居後の作小屋の使い方と似ております。
 今回、小川地区に造りました、平成の桃源郷「おがわ作小屋村」をその様な思いでお訪ねいただければと思っております。